創業からの歴史

昭和  2年

昭和金融恐慌の最中、和装中心の時代に洋品雑貨・ベルトの卸商を創業。​

昭和  9年

 室戸台風が大阪直撃。輸出予定の荷物が1か月以上塩漬けのため返ってくる。

昭和  12年

盧溝橋事件勃発。日中戦争へ突入。

昭和  13年

国家総動員法発令され店員もどんどん兵隊にとられ商売も先細りになっていく。​

昭和  16年

第二次世界大戦突入。

 

昭和  20年

第一回大阪大空襲をうけ、社屋は一夜にして一握りの灰と消し去る。その際、三井住友銀行船場支店(当時)

のシャッターをかいくぐり九死に一生を得る。その後、愛知県へ疎開。 終戦

昭和  22年

大阪に戻るも一旦奈良県富雄に引っ越し、大阪での商売への第一歩を踏み出す。

昭和  24年

大阪の元の地(南久宝寺)に戻りバラックにて商売開始。

昭和  25年

法人に改組、株式会社広島屋商店として新しい出発。

昭和  43年

社屋完成。以後毎年一軒づつ支店を増やし、社員寮、倉庫合わせて10棟になる。

昭和 44年

初代藏田末一が、大阪府知事より産業功労賞を受ける。

昭和  45年

新本社ビル完成。

 

昭和  47年

大阪万国博覧会が開かれる。

ニクソンショック  記録的株価暴落。

昭和  48年

資本金を4140万円に増資する。

 

昭和  49年

九州への進出を計るため、福岡店を開設する。

 

昭和  50年

配送センターを吹田市に開設する。
東京店を開設する。

 社名を株式会社オックスフォード広島屋と改称する。

昭和  52年

藏田末一が永年の功により勲五等瑞宝章を受ける。

藏田あや子会長夫人永眠。

 

昭和  53年

藏田末一が取締役会長に、藏田義太郎が代表取締役社長に就任する。

昭和  54年

創業50周年を祝う。

昭和  56年

外商部の業務拡大により箕面店を建設し、外商部を移転する。

 藏田末一会長永眠。

昭和  62年

ブラックマンデー  NY株価大暴落。

 

昭和  63年

創業60周年を祝う。

香港事務所を開設する。

 

平成  元年

消費税3%スタート。

 

平成 2年

シンガポール店を開設する。
バブル崩壊。

 

平成  3年

コーパスクリスティカレッジ  オックスフォードとのライセンス契約をスタートする。

平成  5年

バブル崩壊後の不況深刻化。

 

平成  7年

藏田義太郎が大阪府知事より産業功労賞を受ける。
阪神淡路大震災
1ドル=79.75円と円高騰。

平成  9年

創業70周年を祝う。
消費税5%に増税。

 

平成  10年

藏田龍幸専務取締役に就任。
1ドル=147円  円安進行。

金融ビッグバン開始。

平成  12年

経営改善計画スタート。

 

平成  13年

藏田義太郎永眠。藏田龍幸が代表取締役社長に就任する。
上海事務所設置。
小泉内閣誕生。

 

平成  14年

箕面、福岡店閉鎖。本社へ統合する(一本化)。

平成  15年

海外生産を加速させる。

 

平成  16年

阪神タイガース優勝記念ネクタイ製造販売。

平成  17年

社内カンパニー制スタート。
クールビズスタート。

 

平成  18年

創業80周年祝う。
CS、開発  両事業部黒字達成。

平成  20年

リーマンショック。

 

平成  21年

自民党惨敗  政権交代。円高進む。

 

平成  23年

東日本大震災。
円一時75円台まで進む。
中国GDP世界第2位に。

 

平成  24年

スーパークールビズ  スタート。
民主党惨敗  安倍内閣発足。
アベノミクス  スタート。

平成  25年

消費税8%に増税。円安に苦しむ。

平成  26年

中期3年計画スタート。

平成  27年

120円台まで円安進む。

 

平成  29年

創業90周年祝う。

平成  30年

事業部名をチェーンストア事業部から

第一事業部へ、開発事業部から第二事業部へ改名。

 

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